「空間の鮮度管理」という仕事
――簗瀬さんは、商品の魅力が引き立つように売り場をデザインし、販売促進を促すVMD(ビジュアルマーチャンダイジング)の専門家として、多くのブランドの店づくりに携わってこられました。まずは、簗瀬さんのご経歴から教えていただけますか?
簗瀬大輔さん(以下、簗瀬):僕のキャリアのスタートは、アパレル大手の株式会社ワールドでの営業職でした。大学で専門的な勉強をしてきたわけではなく、とにかく洋服が好きでアパレルの会社を選んだんです。そこで営業として店舗の立ち上げに関わるうちに、お店づくりの面白さにハマっていきました。たまたま先輩から「VMDという仕事がある、お前向いてそうだからやってみないか」と声をかけられて、勉強するようになりました。
当時はアパレル業界が元気で、ワールドは120ブランドを有し、全国で3000店舗を展開していた時代です。レディース、メンズ、キッズ、ジュエリー、雑貨と、さまざまなカテゴリーでの経験を得ることができました。僕はそれを"公文式"って呼んでいるんですけど(笑)、とにかく数をこなしながら、鍛えてもらったんです。
――ワールドでおよそ20年活躍された後、2016年に株式会社ストラテを設立されています。
簗瀬:全盛期には120あったブランドが、2010年代には半分くらいまで減っていきました。魅力的なお店をつくることが楽しくて続けていた仕事が、気づけば店舗も人も"削る"仕事になっていたんです。
一方で、僕の実家はヒレカツ屋なんですが、1店舗だけで80年続いているんですよね。そう考えると、ひとつのブランドを丁寧につくること、こだわり抜いたプロダクトを届けること——それ以外の仕事をやっても意味がないな、と思うようになりました。これまで培ってきた知見を活かして、小規模でも本気でものづくりをしているクライアントと仕事をしようと、独立を決意したんです。
――簗瀬さんにとって、VMDという仕事はブランドづくりにおいてどのような役割を持つものだと捉えていらっしゃるのでしょうか。
簗瀬:僕が行き着いた定義は、空間の"鮮度管理"をする仕事、ではないかと。
例えばインテリアデザインを担当するだけなら、空間をつくるところまでが仕事です。でもVMDの基本はあくまでマーケティング、販売戦略を担うことにあります。クライアントに寄り添って、「2年前とコンセプトが変わっているのに内装はそのままでいいですか」とか、「明るい色味が魅力の商品を見せるのに、照明が暗いままでいいですか」と、継続的に空間の状態を診ていく。お医者さんみたいに「ここ痛んでますね、変えたほうがいいんじゃないですか」と提案する。店舗の状態を継続的に見守り、商品が最も魅力的に見える環境を維持・更新していくことが、僕の仕事だと思っています。
商品を売る「店舗」という空間において、主役はいつも商品なんです。商品を魅力的に見せることがブレてはいけない基準ですから、いくらおしゃれでも見せたいものとその演出がちぐはぐな設計になってしまっては意味がない。VMDという立場だからこそ、「戦略」を共に考え、フラットに意見を言えるという強みもあると思っています。
壁紙を"着替える"という発想
――wall proの見本帳をご覧になって、どのような印象を持たれましたか。
簗瀬:見た瞬間に思ったのは、「これは、“着替えられる”な」ということです。
アパレル業界では、1年を52週に分けて考えます。多いブランドでは、毎週のように商品が変わるんです。それに合わせて、店舗も変化させていく必要がある。でも、52回全部を大きく変えるのは現実的じゃないですよね。それでも、4週間も経てば気候が変わり、店内が同じ景色ではお客さまにも飽きられてしまいます。だから僕は、商品のテーマがガラッと変わるタイミングで、背景も変えていくべきだと考えているんです。
wall proのような素材感のある壁紙だったら、その"着替え"のサイクルに組み込めるのではないかと、思いました。
――「着替える」という発想は、従来の壁紙にはなかった発想です。
簗瀬:ワールド時代、僕は先輩たちから「オープンは結婚式だ」と言われていました。人生で一度の晴れ舞台なんだから、その日のためにウェディングドレスも料理もケーキも、死ぬ気で揃えろと。でも僕は、その後のほうが大事だと思っているんです。みんな店舗のオープンには命をかけるけど、3カ月先、半年先を見ているかというと、なかなかそこまで見通せているケースは多くはありません。
当時、建築家のスキーマ建築計画の長坂常さんに言われて忘れられない言葉があります。「簗瀬さんって、オープンに命をかける店づくりしてるよね。それってかっこ悪くない?」と。長坂さんは「その後、お店が美しい状態で維持されることが大事だから、僕らはつくりきらないんだ」とおっしゃっていました。「更新されることが美しい」という考え方に触れて、ハッとしたんです。
それ以降、僕も考え方が変わりました。オープン時に何千万円もかけて完成を目指すのではなく、途中で少しずつお金をかけながら、什器の配置を変えて、照明を調整できる余白を残しておく。そこにwall proのような演出効果の高い、洋服の素材感にもマッチするような壁紙で壁や家具を“着替える”ことができたら——それだけで印象はガラッと変わります。実際に、「こんな少しの変更で変わるのか」と、クライアントさんが驚き、喜んでくれることも多いんですよ。
素材の表情が生む「優しさ」と空間の可能性
――wall proの“素材感”について触れていただきました。ここに、どのような可能性を感じられましたか。
簗瀬:パッと見た時に、「優しいな」と感じたんです。紙であれ、生地であれ、素材ならではの人格を感じるものが多いな、と。
例えば、空間が冷たい印象の時に、ファブリックのような素材の壁紙を使うと、一気に柔らかい雰囲気になる。塗装やビニールクロスでは出せない表情がありますよね。テーブルも椅子も硬い素材で囲まれた空間に、ふわっとした質感の壁があるだけで、そこにいる人の気持ちは和らぎます。
――壁紙としてだけでなく、別の使い方もできそうでしょうか。
簗瀬:壁紙だからといって、壁にだけ使わなくてもいいと思うんです。
たとえば、VMDを担当させてもらっているデサントの店舗では、什器にパネルをはめ込んで、水沢ダウンのストーリーを見せるディスプレイをつくっています。その什器のパネルに素材感のあるwall proの壁紙を貼ってしまっても、面白いかもしれません。
簗瀬さんが手がけるデサントの店舗では、さまざまな展開がされています。「ハードとソフトの境界を超える」発想で、空間全体の統一感を追求されているのが印象的です。
空間の印象は、その背景にどんな素材を当てるかで、想像以上に一変します。
例えば、線画やグラフィックを見せたい時。写真なら出力したものを貼り付けるだけでいいかもしれません。でも、手描きの線画なら、マットな質感の素材の上に直接描いたほうが、ずっと表情が出る。施工会社の人には怒られますが(笑)、僕は壁紙に描いたりもします。
ジュエリーを見せる什器も同じです。通常はベルベットなどで巻きますが、壁と同じ素材で巻いたら、統一感も出るし、柔らかい印象にもなる。
「壁紙は壁に貼るもの」という固定観念を外すと、いろんな使い方ができる。wall proを見た時に、ハード(建築・内装)と僕らソフト(VMD・ディスプレイ)の間にあった壁が、崩れていく可能性を感じました。「この壁紙なら、ほかにどんな使い方ができるだろう」と思わせてくれる面白さがあると思います。
空間の表情を変える素材たち
――最後に、空間づくりに携わる中で、簗瀬さんが大切にしていることを教えていただけますか。
簗瀬:僕がいつも大事にしているのは、「鳥の目、虫の目、魚の目」という視点です。
「虫の目」は、近くで細部を見ること。プロダクトを研究する姿勢です。「鳥の目」は、俯瞰して全体を見ること。「これって本当に壁紙でよかったのか、出力のほうがいいんじゃないか」と問い直す視点です。そして「魚の目」は、流れを読むこと。トレンドや時代の変化を捉えて、こっちに向かおうと判断する力も重要です。
この3つを常に意識していると、点と点がつながる瞬間があります。それは自分でインプットしないと生まれない。SNSを見ているだけでは入ってこない。実際に体験して、触って、体の中に入れないとアウトプットすることはできません。
wall proのような素材も、きっと手に取って触れてみないと、その可能性は分からないでしょう。デジタルデータでは絶対に伝わらないものがある。だからこそ、こういう素材をまず知ること、選択肢として頭の中にインプットしておくことが大事なんだと思います。
空間は、更新されることで美しくなる。その更新の選択肢として、wall proのような素材が加わることは、とても可能性があることだと感じています。
やなせ・だいすけ
1974年横須賀生まれ。武蔵大学人文学部社会学科卒業後、1998年に株式会社ワールド入社。VMD開発部・PR部の部長を経て、2016年に株式会社ストラテを設立。VMDを軸に、ブランディング、空間デザイン、グラフィックデザインまでを一気通貫でディレクションする「ブランドプロデュースカンパニー」として活動。デサント、セイコーウオッチ、三越伊勢丹など、多くの企業の店づくりを手がける。東京成徳大学、文化ファッション大学院、文化服装学院などで非常勤講師も務める。
株式会社ストラテ
https://www.strate-inc.com/

